四国中央市の概要
四国中央市は愛媛県の東端部に位置し、四国四県と接する唯一の地域で、2004年4月に川之江市・伊予三島市・宇摩郡土居町・宇摩郡新宮村が合併し、誕生した市です。東西に伸びる海岸線に沿って東部には全国屈指の「製紙・紙加工業」の工業地帯を擁し、西部には美しい自然海岸が広がっています。
また、四国をエックス型の交通路で結ぶ「エックスハイウェイ」の中心地となっており、4県のどの県庁所在地へも約1時間で行くことができます。さらに四国最大の国際貿易港、エックスポート四国ロジサイトが2006年に完成予定と、さらなる発展の期待が高まっています。
四国中央のあゆみ
この地には今から約1万2000年前に人々が暮らしていたことがわかっています。それから弥生時代になると、金生川流域を中心とした東部地域で生活が営まれていました。三島宮川の破魔殿遺跡では鉄器を製作した「鍛冶炉(かじろ)」が出土しており、遺跡出土の畿内系土器と併せて、海を越えて他地域との交流があったことを物語っています。
645年の大化の改新以降、律令制によって国郡里制が定められ、この地域は「伊予国宇摩郡」とされました。中世になると宇摩郡は、讃岐・阿波・土佐と隣接するため、幾度となく隣国からの侵入を受けており、この頃、讃岐の細川氏が市域を長く治めていました。また、仏殿城(川之江城)は南北朝時代、土肥三郎左衛門義昌(どひさぶろうざえもんよしまさ)が築いたのが最初とされています。
戦国時代にも、この地は四国の覇権をめぐる争いの舞台となり、激しい戦乱が繰り返されました。当時の城跡としては、仏殿城、轟城、松尾城、渋柿城などがあり、落城にまつわる悲しい伝説も残されています。
江戸時代には、物資の流通が盛んになり、街道を往来する人々も多くなってきました。街道筋には、村でありながら町場をもつ在郷町と呼ばれる村があり、商業が盛んに行われていました。郡内では、陣屋が置かれた川之江村や三島村のほか、上分村(西条藩領)があり、これらの在郷町では、有力な商人たちによって「村札」(藩の藩札に相当する)が発行され、近隣の村々でも通用していました。
また、川之江や三島には港があり、対岸の山陽地方や大坂などから物資を輸送しており、当時は陸上よりも船による海上輸送が主体となっていました。
明治に入り、川之江民政局統治下の村々は丸亀県に編入、間もなく今治県・西条県の村々とともに松山県となり、1878年には川之江村に宇摩郡役所が置かれました。町村制が施行されると、51ヶ村が23ヶ村となり、1954年には川之江市・伊予三島市・新宮村・土居町の4市町村に統合されました。
また、宇摩の製紙業は、1750年頃、小川山村(金砂町)の中之川で始まったとされます。この村の小川利平が駿河半紙の製法を習得し、小川半紙と呼ぶ紙を漉くようになりました。これが次第に広まっていき、紙の販路拡大や製紙技術の革新により、今日の製紙産業の隆盛の基礎が築かれていきました。
現在は新たな四国の中央拠点として、「うみ・やま・まち」が一体となった活力あるまちづくりに取り組んでいます。
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かわのえ高原ふるさと館 |
| 住所: |
〒799-0101
愛媛県四国中央市川之江町2217-83 [地図を見る] |
| 電話番号: |
0896-28-6260 |
| 開館時間: |
9:00〜16:00 |
| 休館日: |
月曜日・祝祭日の翌日、年末年始(12/29〜1/3) |
| 入館料: |
無料 |
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